アクセスカウンタ

プロフィール

ブログ名
空想と現実の彼岸
ブログ紹介
日々の雑感と時折手にするカメラで撮った写真を載せていきます。Macの話題も多いかもしれません。
help RSS

奈良旅行

2011/01/05 00:22

年の瀬も押し迫った頃、奈良に行ってきた。これまであまり積極的に何かの行事に出かけたりしたことがなかったのだけど、そういった機会に出かけることも何かのきっかけになるのではないかと思って、遷都1300年祭が行われている間にやっぱり行きたいなとなったのだ。

妻に行きたい、と言ったら、それをクリスマス・プレゼントにしてくれて、妻のおごりで奈良旅行をしてきた。

nara001.jpg

もう12月も終わりになる頃で、紅葉の季節でもなく、修学旅行の季節でもなく、 人影もまばらで、祭りの後、という趣もないではなかったけれども、それもまた僕には良かった。京都のように所狭しと家が立ち並び、人が歩き、車が溢れているようなことはなく、奈良の町はとても閑散として、広く穏やかだった。

nara002.jpg

それ程多くのところを回ったわけではない。夜に奈良について、夕食を取って奈良ホテルに泊まり、次の日の朝に興福寺の五重の塔を見ながら近鉄奈良駅まで歩いて、電車を乗り継いだ。平城京駅で降り、そこから少し歩いて秋篠寺を訪れた。伎芸天を見たかったのだ。

nara003.jpg

高校生の時、修学旅行は京都・奈良だった。その時にこの小さな寺を訪れた。大人になってもう一度その仏像を見たくて来てみたけれど、もちろんその頃の記憶と新しい現実とは大きく異なっていた。妻は伎芸天がとても好きだったみたいで、来てみて良かったと思う。

nara004.jpg

小さい寺だと思っていたけど、こんなに小さかったんだなと思った。1クラスとは言え、よくこんなところに入れたな、とも。でももう、高校の頃の記憶など、明瞭さのずっと向こう側に転げ落ちてしまったので、本当にクラスで来たのか自由行動できたのかだんだんと分からなくなってきた。確かめようとすればするほど遠ざかる事実というものがある。

nara005.jpg

空は曇っていて、過ごしやすい一日とは言えなかったけれども、12月も終わろうかという時期にしては暖かで、もっと寒いことを想像していた僕たちとしては過ごしやすかったとも言える。秋篠寺を後にしてもう一度電車に乗り、今度は平城京跡に出かけた。

平城京跡は地図の上では大きな区域で、いくつかの観光スポットがあるようだった。どこを回ったら良いかも分からなかったけど、復元された大極殿は見てみたかった。近鉄大和西大寺駅から歩いていくとちょうど大極殿の左手からアプローチするようになる。

nara006.jpg

それは遠くからでも分かるほどの巨大さで目の前に現れた。あまりに巨大過ぎるその佇まいに、いにしえの奈良の都の有り様を思い浮かべるとともに、まるで作り物の世界に飛び込んでしまったような気にさえなった。

nara007.jpg

今では年は巨大な建造物に覆われているけれども、それはもうありふれていて、ただ巨大さしか示さない。けれどもこの当時、こうした巨大な建造物が 限られた場所に、限られた人のためにしか存在しなかったことを思うと、巨大であることの強大さを思い知らされる。それは神聖さでもあり、欲望的でもあり、整然とした混沌の姿でもある。

とても太刀打ちのできるものにも思えないけれども、それでも歴史はその政権を何度も覆してきた。古代の巨大な建造物が伝えるのはそういうことだ。

nara008.jpg

それからもう一度興福寺まで戻り、五重の塔を見て、国宝館で阿修羅像を見て帰ってきた。妻は今回の旅行で奈良の良さを知ったようで、一緒にいけて良かった。

nara009.jpg

せんと君もまだ現役だったし。

久しぶりに訪れた奈良は、僕たち自身がそうであったような修学旅行生で溢れていた記憶とは異なり、ただ広く、穏やかで、冬の空気の中で涼やかな町だった。もちろん別の季節に行けばもっと別の表情をしているのだろうとは思う。どんな人にもいくつもの顔があるように、奈良にだっていくつかの顔があるに違いないわけだから。でも、例えるなら金閣寺に対する銀閣寺のように、しっとりと落ち着いた古都の趣は京都よりもずっとあって、また行ってみようと思った。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


文字化けしたメールの読み方

2010/10/26 23:09
最近立て続けに文字化けしたメールを受け取って、ちょっとどうしたものかと困っていた。まあ、先方に頼んでもう一度送ってもらうことができるのでそれ自体は問題ではないのだけど、でも、もし何とかして手元で読めるのであればその方が時間がかからなくて良い。メールの文字化けの責任がどこにあるのかは分からないけど、手元で確認できるのであれば、そういう誰のせいかみたいな面倒なことにもかかずりあわなくて済む。
そういうわけで、しばらく文字化けの直し方を探していたのだけど、最近は文字化け自体が少ないのか、それほど有益な情報は見つからなかった。文字化けを修正してくれるというサイト(ここ)があったりもしたけど、僕のところに来た文字化けメールは残念ながらここでは直らなかった。

で、最終的に僕が見つけたのはこんな方法。もしかしたらどこかに書いてある情報なのかも知れないけど。

環境
MacBook 4,1(2.4GHz C2Dの機種)
Mac OS X 10.6.4 Snow Leopard
Mail 4.3
Safari 5.0.2

やり方
1.Mailで文字化けしたメールを表示させて、「別名で保存...」
2.開いたダイアログでフォーマットを「メッセージソース」にして保存する
3.保存したファイルの拡張子.emlを普通のテキストファイルの拡張子.txtに変える
4.そのファイルをsafariに読み込ませる
5.文字化けして表示されたら「表示」メニューからテキストエンコーディングを変えてみる

僕の場合、これでUTF-8にしたら読めるようになった。

もちろんMailにも初めから「メッセージ」メニューにテキストエンコーディングを変える機能が準備されている訳だけど、なぜかこれでは文字化けが直らなかったのだ。ここでのポイントは多分safariに持っていくことなんだと思うけど、Mailのテキストエンコーディングの変換とSafariのそれとがどう違うのかは良く分からない。どっちもWebKitを使っていそうなのに。
でも、とにかくこれでうまく行ったので、もし他の方法でやってもうまく行かなかった人は、物は試しと思ってやってみて下さい。成果を保証できる訳ではないけども。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


NEX-3で夜景

2010/09/24 01:23
 新たなカメラとしてSONYのNEX-3を購入した。D700の後継機をねらってはいるのだけど、なかなか出てこないし、いつもいつも一眼レフを持っていくのは大変なので、もう少し気軽に持ち運べるマイクロフォーサーズを購入しようかな、と思っていたのだが、APS-Cサイズの素子でパナやオリンパスより小さいミラーレス一眼をソニーが出してきたので、僕にしては珍しくSONY製品に手を出してみた。
 もうすでにあちこちでレビューがされ尽くされた感じがあるので、ここでは単に僕の感想を綴るだけ。
 ちなみにNEX-3にして、NEX-5にしなかったのは、NEX-3の方が普通っぽいから。NEX-5の手触りとかデザインとしてのとがった感じとかは好きだけど、そこまで冒険する気にはなれなかった。レンズと合わせた時にちょっとアンバランスだなと思ったこともある。

 ちょうど大阪に出張する機会があったので標準ズームだけ持って出かけた。でも、16mmも持っていくべきだったと後悔した。というのは、標準ズームをつけた状態では、小さいとはいえ、仕事用の鞄にきれいに収めきれないからだ。レンズをはずせば良いのだけど、ボディーキャップも持っていないし、それだったら16mmも持って行って、付け替えるようにした方が収納の点で便利。とはいえ、撮るのに便利なのはズームの方なのだけど。16mmの評判もそれほど良い訳ではないし。
 今回は夜景とか暗いところで撮ることが多かったのだけど、裏面照射のExmor APS HD CMOSセンサーが使われているとのことで、これまで使っていたD80とは比べ物にならない高感度への強さ。画像処理の過程で暗部を持ち上げても、ノイズが少ないことに驚かされる。空には残念ながら低ISOでもノイズがかかっているのだけど。


ISO 800 絞り優先 F 6.3 露出補正 -1.7 SS 1/13
 夜の街に夕食を取りに。あえてぼかして撮ってみる。ほとんど処理はしていないけど、明るさをあげてみようとした時のノイズの少なさに驚いた。



ISO 800 絞り優先 F 5.6 露出補正 -1.7 SS 1/8
 高感度に強くて、手ブレ補正がついているとはいえ、油断しているとやっぱりぶれてしまう。ミラーレスのため、ミラーアップの振動はないものの、シャッターの振動あh大きくて、それで手ブレをしてしまうことも。カメラ本体の軽さゆえか?
  


ISO 1600 絞り優先 F 4.5 露出補正 -2.0 SS 1/3
 ISO感度1600の写真。この辺がD80とは隔世の感。ただ、F4.5にしたことで、青い扉にピントを合わせたことで、手前の店はややぼけ気味。すっきりしない描写になって、この辺は撮影者の腕のせい。まだこの状況で絞る勇気がない。
  


ISO 200 絞り優先 F 4.5 露出補正 0 SS 1/10
 どうしても暗い部分の解像度は甘くなるし、階調もつぶれがちになるけど、画像処理で救えるだけの情報量は維持している感じ。写真は西梅田のUnited Arrows。
  


ISO 200 絞り優先 F 4.5 露出補正 -1.7 SS 1/8  
 西梅田のあたりはあまり大阪っぽくない、落ち着いた佇まいで、外れの方にはリッツカールトンとかもある。街並みに置かれたオブジェも文化的(中にはあまり救いのないものもあるけど)。



ISO 400 絞り優先 F 5.6 露出補正 0 SS 1/13  
 AWBは自動なのだけど、電球色の影響で黄色くなり過ぎていたので、これだけ色味を調整。これだけ小型の機種で、ここまで取れれば満足だけど、最短撮影距離がもうちょっと小さくなるともっと良いのに。



ISO 200 絞り優先 F 5.6 露出補正 -1.3 SS 1/13  
 帰りの新幹線の中から、満月に近い月をパチリ。こういう時は流し撮りなのかと思ったけど、何もしなくても月だけがはっきり写って、後は流れていく。なるほど。



ISO 800 絞り優先 F 5,6 露出補正 -2.0 SS 1/4
 こちらは満月。シャッター速度1/4でも何とか手持ちで取れることもある。これはかなり下からのアングルで、チルト機構のおかげで撮れた1枚。

 出てくる絵については、このサイズでこれだけ撮れたら満足だなと思う。気軽に持っていけてもでき上がる写真がなあ、という残念さを感じさせない良い機種だと思う。高感度の強さもさすが評判になるだけのことはある(もっとも比較対象がD80なんだけど)。
 ただ、写真を撮る楽しみでいうと、やっぱり一眼レフのファインダーを覗いて撮る感覚にはかなわない。それは多分、カメラとの一体感の問題だし、被写体との一体感の問題なのだと思う。そればかりは、いくら機能が上がっても液晶を見て撮影するのでは補えない。
 それと、機能ということで言えば、これもすでに言われてることだけど、設定がしにくいのが難点。撮影のテンポを崩されてしまう。僕は絞り優先で撮ることが多いのだけど、露出補正はすぐできて○。でもISO感度の変更が×。ISO感度を自動にできるけど、これも上限を設定できたり、シャッター速度の下限が設定できたりすると良い。もう1つ言えば、画像を再生している時に拡大した状態で次の画像に送れると良い。
 このうちのいくつかはSONYのアナウンスによれば次のファームウェアのアップデートで対応しそうだけど、その時はMacからもアップデートできるようにしてほしい。Macからはアップデートできないとか、理解不能なので。
 NEX-3とその上位機種NEX-5ではHD動画も撮れるけど、まだ動画については僕自身が対応しきれていないので、こつこつ試しながら積み上げていってみたい。

 でも全体的にやっぱりNEX-3は(多分NEX-5も)良いカメラだと思う。全くの初心者には進められないけど、それでも勉強しがいがあるし、試しがいもある。すでに一眼レフを持っている人のサブ機種にもおすすめできる。マイクロフォーサーズから待っていて良かった。
 PhotokinaでのSONYの発表によれば、来年はレンズもそろってくるみたいで、楽しみ、楽しみ。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


iPad1日レビュー その2

2010/06/09 02:21
 間にiPhone 4が挟まって、1日使ってみましたレビューではなくなってしまったのだけど、続けてみたいと思う。前回は、iPadの購入から設定まで。ほとんど誰の役に立つ情報にもなっていないけど、それに関しては今日も変わりがないと思う。何という安定感。

 動きは軽快そのもの。safariの立ち上がりも早く、ページの読み込みもパソコンよりも早い。何だこれはと思う。iPhone 3Gを使っていると、リンクを押した後で、間違えた、とかそもそも押す場所がズレていた、とかで上下のリンクを押し直したりする時間があるけど、iPadの場合、リンクを押した瞬間もうページが切り替わっているので訂正をする暇がない。wifiなので3G回線よりは早いということもあるけど、新しい空白のページが現れるのはそういう問題ではない。押した瞬間もう次にいる。どこでもドアみたいなあっけなさ。それくらい早い。Jobsの「Boom」はこれを表現しているのではないかというくらいに、サイトが切り替わる勢いで風切り音が聞こえる。いや、それは嘘だけど。
 それと、この薄さでこのサイズでウェブを見ていると、AppleのiPadの紹介ビデオの中にもあったけど、本当に手元でウェブブラウズをしているというか、手元にウェブサイトを持っているような気になってくる。パソコンは、例えそれがノートであっても固定された画面に対して、キーボードやマウス、トラックパッドでアクセスするわけだけど、これがいかに間接的な関わり方であるかを、iPadを触っていると感じる。画面の中ではなく、手の中で情報が動き、新しい世界が開けてくる。その感触はとても直接的である。キーボードが画面の中に現れて、画面に触れて文字を打つという動作が、ここでは良い方に作用しているのだとも思う。



 safariつながりで、ついでに。iPhoneと比較するとiPadのsafariは何か違和感を感じた。何だろうと思ったのだが、どうやら戻るボタンの位置が違うことが原因のようだ。iPhoneのsafariでは戻る、進むのボタンは画面の下にある。片手で操作をした時に親指で押しやすいのは画面の下だ。そこにiPhoneのsafariはボタンを配置している。それに対してiPadのsafariはMac上のそれとほぼ同じ。ホームボタンがないのがどうしてかは分からないけど、戻るボタンは左上にある。その差異がちょっとした不協和音としてカタカタとした音を立てる。
 さらに、画像に現れているように、wifi版はなぜか左上に「iPad」と出る。それが不協和音にさらに余計な旋律をのせる。もしかしたら中国製の偽物ではないことを一生懸命主張しているのかも知れない。

 さて逆に使っていて気が付いたキーボードの打ちにくさについて。ディスプレイに現れるキーボードを打つのは、それでも1日で慣れたけれども、でもいつも心許ない。それはiPhoneの時にも同じだった。
 打ちにくさの要因の一つは画面に触れただけで文字が打たれてしまうこと。僕のパターンは左手小指が「あ」にあたる、「T」を打とうとして「G」にあたる、「R」を打とうとして「F」にあたる、「O」を打とうとして「P」にあたる、とか。もう1つは、押し込む感覚がなく、触れれば文字が打たれること。物理キーボードの場合、キーに触れる−キーを押し込むという2段階で文字が打たれるのに対し、最初の段階ですでに文字が出てしまう。そのことは画面に触れることへの緊張感を増し、押し込む動作の欠如という空虚感を生み、いつも僕を心許ない思いにさせる。口に入れた瞬間消えてしまう綿菓子のような夏の風物詩的余韻さえ残さない。もう1つは、これが静電式であることに由来する、爪ではキーを押せないこと。キーを押すためには皮膚が触れている必要があり、ちょっと爪が伸びていると、手首に近い列のキーなんかは、指先を曲げるために爪があたり、文字を打つのが難しくなる。
 物理キーボードの偉大さを再認識させる試みとしては大成功だとは思うけど、人間から物理的な感覚を取り除く試みとしては成功する見込みのない挑戦だと思う。
 ただし、軽快な感じはする。さらさらと触れるだけで文字が打たれていく様は、きっとさわやかな春の風のようなたたずまいで、見ている人にしとやかな近未来を感じさせるだろう。あくまでイメージだけど。

 

 ちなみに、左が英語のモードで、右が日本語のモード。ちょっと見分けがつきにくいけど英語では「return」となっているキーが、日本語では「改行」となっており、右のシフトキーが長音記号に、カンマピリオドが句読点に変わるなどの芸の細かさを見せる。一番大きな違いは、日本語のモードの時にはキーボードの上に列が一つ現れること。これはかな漢字変換の際の候補が現れるところなので、文字を打っている最中にどちらのモードか分からなくなったらここで確認をすると良い。

 そういった使いづらさはあるけど、でもこれは新しい機器だと思う。前に書いたように、やっぱりこれは閲覧+αの機器であり、それ以上の仕事を求めるのは執事と羊を間違えるようなものだ。古典的な間違いではあるけど、どんなに頑張っても間違いの領海は超えない。そこさえ間違わなければ、写真を見る、音楽を聞く、ビデオを見る、ウェブブラウズをする、メールを読む、スケジュールを確認する、本を読む、PDFを読む、といった作業を僕たちの手に取り戻してくれる、そういう機器だと思う。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


iPhone 4 登場

2010/06/08 05:06

 (画像はAppleより)

iPadのレビューも書き終わらないうちに、iPhone 4の登場。3G回線を使ったままアップグレードされるため、iPhone 4という名称に。ついでに(かどうかは知らないけど)OSの名称もiOS 4に変更された。iMac、iPod、iPhone、iPad、iLife、iWork、iTunes、iBook、iAdとiずくし。こっそりimodeが入っていてもばれないかも知れないし、iの後が大文字でないのでばれるかも知れないけど、それは本筋ではない。

 特徴は8つ。

1.新しいデザイン
 表も裏もガラス。横はスチール。今のiPhoneも美しいけど、これも写真で見た限り美しい。iPadみたいなアルミニウムの一体成形は丈夫なのだろうけど、僕は好きじゃない。アルミの良さが僕には分からない。僕の良さもアルミには分からないかも知れないけど。
 3Gsより24%薄くなって、厚さ9.3mm。筐体横のラインはアンテナの切れ目。側面は2つに分かれるようで、それぞれ別のアンテナにつながっている模様。うっかり宇宙人からの信号を受信する可能性もなくはない。ことはないんだろうな。
 

2.Retinaディスプレイ
 何て発音するのか、という所でつまづいて、先に進めない。そんな僕を置いて技術はその先へ。
 3.5"の画面で960x640ピクセル、326dpi。300dpiを超えているので、もはや紙の解像度の領域。いつかそういう時代が来るのだろうと思っていたけど、本当にそういう時代が訪れたことに驚きを禁じえない。ニューヨークタイムズの画面で3Gsと比較、とかのデモをつまづいた事くらいでは歩みは止まらない。

3.A4チップ
 iPadに載っているやつ。iPadが魔法のようなデバイスであれるのはここのおかげ。強力かつ省エネ。優秀なのに安月給とか、人間に置き換えると貧相になるのはどうしてだろう。バッテリーが大きくなり、効率的にもなり、通話7時間、3G回線でのウェブ6時間、ビデオ10時間、音楽40時間、待ち受け300時間。

4.ジャイロスコープ
 何それ、おいしいの? とかいう冗談を言った後で、どう取り繕ったら良いのか分からない未知の装置。Oパーツとかではないと思う。カレイドスコープの親戚でもないと思うけど、知り合いくらいの可能性はある。

5.カメラシステム
 ピクセル数をあげずに写真の質にこだわった一品。表にも裏にもカメラ搭載。裏面照射。画素ピッチは落とさず500万画素。5倍ズーム、LEDフラッシュ、画面にタッチしてフォーカス。そのうえさらに720p、30fpsのHD動画も撮れるとのことで、ビデオでも画面にタッチしてフォーカスを変えられる。至れり尽くせりとはこのことだ。そのうえさらに(と2回も書くほどなのだけど)、まさかのiMovie。携帯で動画編集をする需要がどれくらいあるのか分からないけど、撮って、編集して、YouTubeとかに喜びを感じる人がいるのだろう。App Storeで4.99$。申請が通ればだけど、とはJobsの言。

6.iOS 4
 マルチタスキング、フォルダ、検索サイトにBingを追加。それにしてもiOSって何だろう。iずくしのなかにこっそりAIBOが混ざっても(以下略)。

7.iBooks
 iPadと同じものがiPhoneにも。もちろんiBook Storeからの購入もできる。とは言え、日本からは買えないのでどうにもならない。本にはしおりやメモをつけられる。PDFも読めるようになったよう。というか、PDF自体は前から読めるので、PDFの管理が楽になったということか。iPhone、iPad、iPod touchで同期ができる。以前に青空文庫とかをiPhoneで読んでいたけど、iPadがある今となってはiPhoneで読書はしないだろう。iPhoneがどこに向かおうとしているのか不思議に思うけど、どこに向かうか分からないのは僕の人生もそうなので、あまり余計なことは言わないことにする。

8.iAds
 アプリケーションの中に広告を入れられて、アプリケーション開発者のところにお金が行く仕組み。iAdsのデモには我らが日産も登場したけど、いつから日産が「我ら」と呼称されるようになったのか自分でも良く分からない。多分、勢いだったりするのだと思う。BMWとの蜜月は終わったのだろうかと思ったけど、Jobsはベンツだったりもして、どうでも良いことを言っているのはiAdsの価値を良く分かってないからだと思う。

9.one more thing
 久しぶりのこれ。
 内容はというとフロントカメラを使ってのテレビ電話。でもwifiだけ。3G回線でやったらきっと大変なことになってしまうんだと思う。空中を金太郎アメみたいに顔が飛んでいくのは避けたいところなのではないかというのが僕の推理。アメリカ人のJobsに通じるかは分からないけど。

 色は白と黒の2種類で、値段は16GBで$199、32GBで$299。iPhone 3Gs 8GBが$99に値下げ。
 というか(何が「というか」なのか分からないけど)、機能の増加がすごすぎるのだけど。iPhoneにそれほどの機能を求めてはいないとはいえ、この進化の具合はiPhoneの躍進を約束するもので、それを可能にしたA4チップがApple謹製であるあたりにAppleの技術力の高さを認めないわけにはいかない。ほんの10年前まで倒産が危ぶまれていた会社とはとても思えない。よくぞここまで持ち直した、とできの悪い子どもの成長を見守るようにほほ笑ましく思うけど、それは大きなお世話だ。
 日本は最初に販売される5カ国の中に入っていて、6/24(木)発売。この日付がアメリカ時間でなのか、日本時間でなのかは分からないけど、ともかくそのあたりに発売開始ということで、きっとまたカウントダウンとかやってしまうんだろう。木曜日なら行けるかな、とか考えてる場合じゃないのだけど、16GBか32GBかは考えながら待つことにしよう。機種変はできるのかな。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


iPad1日レビュー その1

2010/06/06 21:18
iPadを購入して1日が経過したので、とりあえず現時点でのレビューをしてみようと思う。ちなみに、この記事はiPadで書いている。残念ながら、iPadという単語は日本語変換に登録されていないよう。

・購入までの経緯
仕事先の経費で購入できる目処は立っていたものの、実際に手元に届くまでにどれくらいかかるのか分からないため、自費でも購入しようと決めたのが、5月30日。その日の昼まではアップルストアに、在庫があったようだが、それも3Gだけだったよう。夕方になってヨドバシまで足を伸ばしてみたが、やはり在庫はなく、その日は諦めた。ネットの情報を見ていると、ちょくちょく当日販売分も入荷しているようだったので、金曜日あたりはあるのではないかと仕事帰りにデオデオに寄ってみたところ、wifi 16GBのみあるとのことで、それが欲しかったのです、と思いながら購入。探してみるものだと思う。ちなみにこの間に都市間の移動あり。

・その後の経緯
しかし、その後土曜日の夜まで無線の環境がなかったため、iPadとしての本領を発揮する間もなく、いささか途方にくれる。買ったことを後悔する気持ちがほんのちょっと過ぎったりしたことは全然ない。明日になれば環境が変わるからと自分に言い聞かせて我慢していたとかも全然ない。
で、土曜日の夜。ようやくネットに接続できるようになって、そのとき初めてまだMobileMeの設定とか、メールの設定とかをしていなかったことに気づいた。急いで設定をしたものの、iPhoneの時とは違って、うまく設定が出来なかった。それはメールの設定。僕の環境はMobileMeを通じてカレンダー、アドレスブックを同期し、メールはMobileMeのあどれすをそのままではなく、セカンドアドレスのような形でエイリアスと呼ばれるものを使っている。それから職場のメールの転送先としてGmailを使っており、しかも送信時のアドレスは職場のアドレスを名乗るように設定している。
ところが、メールの設定の際にMobileMeやGmailを選択すると、こうしたちょっとイレギュラーな形での設定が出来ない。iPhoneの時にはどうしていたのだったかなと思い出しても何の記憶もない。でも、検索をかけて思い出した。イレギュラーなことをするためにはイレギュラーなことをする必要があったのだ。それは例えば手品のために種を仕掛けておくような。

・メールの設定
 通常であればMobileMeやGmailを選択するところで、「その他」を選ぶ。
 エイリアスや僕の場合で言えば職場のアドレスなどで一度設定を始める。
 受信メールの設定や送信メールの設定のところでMobileMeなりGmailなりの設定を行う。
 ちなみに、以下の通り。
 MobileMe 受信(POPでもIMAPでも) mail.me.com、送信 smtp.me.com、ユーザー名 @より前
 Gmail 受信 imap.gmail.com、送信 smtp.gmail.com、ユーザー名 @gmail.comまで
ユーザー名やパスワードはそれぞれ正規のものを使用し、MobileMeでの同期を使いたい場合にはそれようにMobileMeの設定もして、メールだけは使わないようにしておく。





iPad Portable Genius
Wiley
Paul McFedries

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る

iPad Perfect Manual
ソーテック社
野沢 直樹

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


動物園 再び

2010/05/16 14:53
 前回行った動物園では、曇り空のせいもあって、あまり思い通りの写真が撮れなかった。そこで改めて動物園に行ってみた。その日はとても晴れていて、5月の陽気というよりはもっと後の季節のようだった。半袖で過ごす事もできそうだったし、少なくとも長袖の上に羽織ったジャケットはかなりの熱を内側に抱え込む事になった。カメラバッグに入れたレンズが肩にのしかかり、思い通りの写真を取る事の困難を教えた。
 そもそも思い通りの写真を撮れるなんてことがあるのだろうかという問いを立てて、思い通りとは何かという、いくらか哲学的な領域への散策を行なう事もできるだろうけど、きっとそういう事を雲をつかむような話と言うのだ。くもゐにまがふ おきつしらなみ。現実と非現実の境目は現実の側に属するのか、非現実の側に属するのか。



 5月の陽気の中では象だって眠気を感じる。取り残された黄砂の最後の一陣が象の目をくすぐったのかも知れないけど、そうだとするとカメラにも良くない影響を与えるので、それはご遠慮願いたい。「ごめんだゾウ」と象も言っているに違いない。



 動物園の中では子どもたちの写生大会が行われていたけど、こんなあからさまな素材には誰も見向きもしないのか、単に場所の問題なのか、多くの子どもたちでにぎわうということもなくミーアキャットは立っていた。異常なし、という報告をするその瞬間に、カメラを構える僕を見てどう思ったのか、僕は知らない。



 触れ合いコーナーにいた黒豚。今日のお昼はこれかなと思ったりしても豚は逃げない。触れ合いコーナーは養豚場ではない。運命の女神がどのようにサイコロを振るか、僕は知らない。豚は土を舐め取っていた。



 午後の惰眠をむさぼるかのような獏のだらけきった姿。惰眠の中に潜む怠惰な夢を食べ過ぎたせいで動けなくなっているのかも知れない。時折動く鼻先が新しい夢のにおいを嗅ぎ取っているようだった。彼らの夢は誰が食べるのだろう。



 今回撮った中で一番気に入っているかも知れない写真。日差しの中に休むライオンの密やかな孤独。高くそびえた壁は孤高とは何かを象徴する。



 それに比べるともっと俗っぽいのが猿。そこに何かがあると分かれば手を伸ばさずにはおれない。好奇心とは進化への撒き餌である。



 じっとたたずむ白い鳥。ミミズクだったか、フクロウだったか、分からなくなってしまっているけれども、何かそのような鳥の仲間。良く回る首をこちらに向けて何を見つめているのだろう。白い鳥と黒いカメラの間に何かコミュニケーションが成り立つのだろうか。彼らの首が良く回る事を特徴づけるのは、むしろぴくりとも動かない身体の方であると思う。



 ぐるぐると同じルートを歩き回るレッサーパンダ。いたずらっぽく舌を見せているあたりに自分が何者であるかを良く分かっている。ずんぐりとした体格はかわいさの中にも風格を漂わせている。何の風格かは良く分からないのだけど。



 そうして暑い5月の日曜日は過ぎていく。アイスクリームの旗が風に揺られている。アイ・スクリーム・アイスクリーム。ハタハタ。
 子どもたちの写生大会はとうに終わっていて、園内にはたくさんの親子連れが歩いたり、立ち止まったり、イスに腰掛けたりしていた。動物園に訪れる時の風は日曜日の午後に平穏とにぎわいを振りまいて、やがて空の彼方へと揺らめいて消える。それは現実と非現実の境目みたいにいつの間にか混ざり合ってしまう。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


いよいよD900(D800)の登場か?

2010/02/21 23:36
 ビジネスライブという産経新聞(?)のサイトによると、2月23日に「ニコンがデジカメ新製品と国内販売戦略を発表」であるらしい。もうコンパクトデジカメは発表し終わっているので、D700の後継機としてのD800とかD900なのかもしれない。ちょうどその時間は仕事があっているけど、その前に駅の近くのキタムラに行けるので、何が発表されるか聞いてみようかな。
 別にD700後継機種だったらそのまま予約しちゃおうかなとか言っているわけではないですよ。決して。
 ああ、でももしD800とかD900だったら、フルサイズ用の標準レンズも必要になるな。AF-S NIKKOR 24-70mm F2.8G EDはさすがに高いから、A09かな。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


iPadとは何者なのか

2010/02/11 22:50

(写真はアップルのサイトより)

 1月の終わりにiPadが発表された。ニュースとしても取り上げられ、新しいコンピューティングの姿だとか、for the rest of usの完成形であるとか、dynabookの本当の姿だとか言われている。iPhoneの時には動きがなかったdocomoがSIMカードを発売するという話まで流れてきている。
 そうした状況の中で、ソフトバンクの方はと言えば沈黙を保っている。iPhoneだけでも帯域がいっぱいいっぱいだろうからこれ以上iPadのデータ量を抱えきれないとか、もう交渉が始まっているので多くを語れないとか、いろいろなことが言われているけれども、僕はソフトバンクはiPadに積極的ではないのではないかと思っている。

 iPhoneが発売された時に、孫社長は、これこそが自分が思い描いていたこれからのケータイの姿だと思い日本での販売に乗り出した、ということを、インタビューなどで語っていた。孫社長という人を僕は知らないし、孫社長という人の存在がここでは大事なことではないのだけれども、でも彼が言うようにiPhoneを使うことでパソコンを持ち出すことが減ったということは、ビジネスの世界におけるコンピューティングを考えると大きな変化だと思う。

 パソコンに代表される情報を閲覧し、整理し、創造する機器には、Jobsが言った通り、大きく2つの種類がある。ノートパソコンのようなフル機能のもの(その意味ではデスクトップも含まれる)と限定された機能ながらインターネットには接続されるものだ。後者がケータイであり、iPhoneであるわけだけど、iPhoneはインターネットに接続する機能をパソコンのそれと同じ水準にまで引き上げることで、自らの持っている能力を拡張した。そこに孫社長が可能性を見いだし、多くの人がそれに同意してiPhoneの成功が決定づけられたわけだけれども、重要なのは例えそうであったとしても、iPhoneが情報を閲覧する端末であることをAppleが忘れていない点にある。ものごとには良く似てはいるけど、別のもの、というものがあって、iPhoneとパソコンがそうだ。iPhoenはパソコンではない。例えばそれはワラビーがカンガルーではないように。パソコンの情報を閲覧し、音楽を聞き、写真を見、インターネットから情報を引き出す。余った能力で写真を撮れるし、文章も作れるけれども、基本的にiPhoneは閲覧+αの機能を有している。

 ネットパソコンが失敗している理由はそこにある。フル機能の顔をして限定された能力しか発揮しておらず、閲覧に特化していったiPhoneに比べると、見せ方が整理されていない。何でもできたら便利だけれども、それにはそれを支えるだけの体力や精神力が必要なのだ。ワラビーズならラグビーができるけど、ワラビーにはできない、例えばそういうことだ。
 Jobsは発表会において、ここにiPadを登場させた。招待状にあった"latest creation"とは、製品のことではなく、このカテゴリーの創出を指しているのだと僕は思う。ここにはネットに接続し、閲覧+αの機能を持った機器を当てるべきだというのがJobsの考えていることではないかと思う。
 情報を整理し、新しい情報を作り出す装置は、入力機器としてのキーボードやマウスを必要とし、高い演算処理能力を必要とし、物理的なドライブを必要とし、さまざまな入出力端子を備えておく必要がある。フルというのはそういうことだ。それらのうちのいくつかはワイヤレスでつなぐことができるとしても、それが人々の求めているものだろうか(いや、違う)(と思う)。パソコンを使う時に人は頭のスイッチを音にする。テレビを見る時にはオフにする。そうJobsは言った。iPadを使う時もオフになる。rest of usな人々はパソコンを使いこなした生活がしたいのではなく、必要な時に必要な情報を取り出せる端末が欲しいだけなのだ。頭のスイッチをオンにしたいわけではなく、できるだけ簡単に必要なことを知りたいのだ。テレビを付けて天気予報を見るように、人さし指だけで情報に辿り着きたい。iPadはそのための製品なのだろう。

 だからこそiPadにはiPhoneのOSが搭載され、マルチタスクも削られているのだと思う。やろうと思えばAppleはiPadにマルチタスクを課すことくらいできただろうし、iPhone OSのもととなったOS Xのポテンシャルはそこまで低くはない(と思う)。それは積極的に排除されたのであって、情報端末に複雑な作業は必要ない、というのがAppleの判断なのだと思う。ネットを見る時にはネットを、次の作業の時には次の作業を。必要なのは素早い切り替えであって、複数の作業が同時に果たされることを多くの人は求めない。右手と左手で違う作業ができたら便利だけど、頭の右と左が大変なことになるでしょう? 僕たちは計算士でもなければ、記号士でもないのだ。2つの世界を行ったり来たりはできない。
 iPadはfor the rest of usな製品であり、その製品では簡単に情報を閲覧できれば良いのだ。寄ってたかって何かを作り出すような、複雑な作業をするための装置は必要でない。「母親に使わせるのにちょうど良いのではないか」という声が、そのことを表している。

 この点において、iPadの機能はiPhoneと競合する。そして、それが同時に、孫社長がiPhoneには積極的であって、iPadには積極的ではないのではないかと思った理由ともなる。ビジネスというシーンにそれらを当てはめて見れば、iPhoneに利があるように思えるのだ。
 仕事で取引先に出かける。電車に乗る。ネットに接続し、メールをチェックする。ウェブから情報を引き出す。予定を確認する。目的地までの地図を出す。そこで手にしているのはiPhoneかiPadか。
 素早く情報を取り出したい時に、片手で扱えるか両手を使うことになるかでは、その軽快さに大きな違いが生まれる。あいた片手に荷物を持つことができるし、つり革に捕まることもできる。隣に座った女の子の手だって握れるかもしれない。女の子が受け入れてくれればだけど。そうしたビジネス・シーンで使用されるのは大きな情報端末ではない。パーソナルな空間でパーソナルであることと、パブリックな場で、あるいはソーシャルな場でパーソナルであることはまるで違う。会議の場でiPadを出しても変わり者にしか見られないけど、iPhoneを出したら他のことに気を取られてるみたいに見られる。女の子とメール交換でもしてるんじゃないだろうかとか。どちらが望ましいかは価値観によるかもしれない。でも、パブリックな場でパーソナルである機器とはそういうものだ。iPadはそうではない。その意味でiPadは外で使う個人の情報端末にはなりにくい。そこにはもう少し「共有」という要素が含まれる。それはもしかすると、パーソナルな空間におけるソーシャルな機器なのかもしれない。
 孫社長がiPadに積極的でないように見える時に、僕が思うのはそういうことだ。

 こうしてiPadを、パーソナルな空間におけるソーシャルな、情報を引き出し、共有する端末として捉えた時に思い出されるのは、その昔存在していたインターネット・テレビだ(とは言え、あまりにもそれは滑らかに忘却曲線の上を滑り降りてしまったせいで、思い出すことさえ困難だけれども)。パソコンに変わるものとして颯爽と登場したインターネット・テレビは、登場すると同時にきびすを返して退場した。何をしに来たのだろうという声もあがったかもしれないけれども、時代の寵児として担ぎ出された彼だって良い迷惑だっただろうと思う。インターネット・テレビが失敗した理由は何か。iPadはそれとどう違うのか。
 違いは能動性にある、と僕は思う。
 テレビには情報が送られてくる。電源を入れ、チャンネルを合わせ、リモコンを置く。映像が流れ、食事をしながら、あるいは電話をしながら、通りすがりの映像がどこかへ行くのを眺めることができる。でもインターネットでは手は休まない。そこでは情報は自らの手で引き出される必要がある。ドラえもんの4次元ポケットみたいに、僕たちは必要なものを求めて手を動かす。ポケットから勝手にものがあふれてきてはのび太だって困るだろう。ドラえもん、故障。全国のちびっ子が号泣する。ドラえもんが一体どうやって探すべきものを引っ張り出してくるのか僕たちは知らないけれども、何せ22世紀のロボットだし、でも21世紀の僕たちにだって検索という手段くらいは備わっている。リンクという手段もある。のび太にあやとりがあるように、僕たちの手は事をなすために動かされている。インターネットから情報を得るという作業は、そうして能動的なものだと思う。
 だからiPadは持ち運びができる。手も動かす。テレビはテレビボードやスタンドの上にずっと固定されている。手も動かさない。同じ閲覧であっても、そこには能動性の違いがあり、それはつまり、iPadにテレビ機能はいらないということをも意味している。iPadでテレビを見ることができるとしたら、見る人ももちろんいるだろう。でもそれはiPadとは何か、という問いの中で居場所を失う。

 iPadとは能動的に情報を引き出す機器であり、それは受動的なものでもなければ、新しい何かを創造するものでもない。Latest creationの領域は、そうした蓄積された情報を利用する「普通」の人が住む、「普通」の国なのだ。必要なのは人さし指のタップだけである(ドラえもんには無理かもしれない)。2010年において、限的的な存在としての成熟したワラビーを僕たちは目にしているのだと思う。


注:文中において比喩としてのワラビーの使用がありましたが、これはもちろんワラビーの価値をいささかなりとも貶めるものではありません。



iPhone and iPad Apps Marketing: Secrets to Selling Your iPhone and iPad Apps (Que Biz-Tech)
Que
Jeffrey Hughes

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る
記事へブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 2


Nikonの次の機種はD900なのか?(追記あり)

2010/01/04 16:19




(画像はいずれもNikon Rumorsより)

 これまでD700の後継機としてD700sが出るとか、いやD800じゃないかとか言われてきたのだけども、ここにきてNikon RumorsがD900の可能性を提示してきた。始まりはサード・パーティの対応機種にD900の名前があったことで(D90のタイプミスとかではなく)、ただ、この段階ではガセネタっぽさも拭えなかったわけで、ネットでの噂としてはあまり取り上げられていなかったと思う。ここでも何も触れなかった。でも新しい情報が出てきて(その1その2)、それによるとアメリカAmazonでも、純正品のオプションパーツの対応機種にD900の名前が上がっているようで、さらにアメリカNikonのウェブサイトでも一眼レフ製品一覧の中にリンクの張られていないD60が紛れており、新機種のダミーとして使用されているのではないかと考えられるみたいだ。D40もあるが、D60の方にはD60とは異なる製品番号が割り振られているようなので、新製品の登場間近→それはD900か? みたいな流れになりつつあるようだ。

 D900となると、D700の上位版という位置づけになってくるのだろうか。今度出てくるD700後継機によってフルサイズへの移行を考えている僕としては、興味を引かれずにはおれない話題だ。D700が生産完了という噂も出てきて、だんだんと後継機の話が現実味を帯びてくると、さて、値段がどうなってくるのやら、ということに関心が移っていく。
 D900だと、D700の上位版かな。そうするとD700よりも高くなるのかな。

<追記>
 dpreviewのフォーラムの情報によると、他にもD900のバッテリーを扱っている<オンラインショップもあるみたいで(これ。どこのサイトか知らないけど)、2月に発表もしくは発売の可能性があるみたい。D700はまだ注文できる状態ではあるようで、今すぐ後継機の登場というわけではないのかもしれないが。
 ちなみにその人の他の投稿では、新しいレンズが一緒に2本登場するよう。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


撮り初め

2010/01/03 23:21
 妻と帰省し、年末年始を僕の実家で過ごした。実家に帰る前に丸の内で買い物をしたが、年が明ければセールが始まるということでその日は何も買わなかった。丸ビルに入っているコンランショップでORO CLOCKという金色の大きな時計を見つけ、それを気に入ったけれども購入には至らなかった。勢いで買うにはなかなか高価であったし、セールが始まった時にセール対象になるかもしれない、という淡い期待もあったというのも理由の1つだった。
 そのまま実家に帰り、年が明けた。お年玉はない。もちろん。淡い期待を抱くべきではないことを学んだ。

 一昨年、父親が還暦を迎え、カメラを贈った。前々から父は取引のあったRICOHからもらった古いデジカメを使っていたのだが、さすがにどう頑張っても見栄えのする写真を撮るのは難しく、その一方でデジカメの世代交代は進んでいって、父親のもらったデジカメは歴史の彼方へと消えそうなくらいになっていた。ほんの数年前のはずなのにいつの物だかわからないものになってしまっていたのだ。時の経つのは早いものです。
 そういうデジカメで一生懸命写真を撮って苦労している姿を見ていると、さすがに忍びなく、退職後の趣味になるかもしれないしと思って、ちょうど還暦であったので新しいカメラをプレゼントしたのだ。僕と同じNikonなら教えやすいだろうとD60を選び、それにAF-S DX VR Zoom-Nikkor ED 18-200mm F3.5-5.6G(IF)とAF-S Micro NIKKOR 60mm F2.8G EDを付けた。60mmマクロの方は僕も持っていないレンズなので、僕の方が欲しいくらい。

 でも父親はあまり写真を撮っているとも言えず、ましてカメラを使いこなせているとも言えなかったので、実家に帰るたびに母親からいじめられる姿を見ていた。それで新年早々、朝から父親を連れ出して近くの土手に写真を撮りに行った。僕だってカメラを使いこなせているわけではないけれども、写真を撮るのに慣れてくれたら良いなと思ったのだ。
 今年はそうやって始まった。




 土手から見える富士山。冬の空気の中ではかろうじてこうして富士山を望むことの出来る日が訪れる。一富士、二鷹、三茄子。どうしてこんな順番なのか知らないけれども、ナスはあまり好きじゃない。もしかしたらボーナスの隠喩なのかもしれない。
 一緒に写真を撮るなら一緒のレンズが良いかなと、VR 18-200しか持っていかなかったけれども、VR 70-300も持っていけば、こういう写真を撮る時に、違うレンズがどう違うのかを見せることが出来て良かったかもしれないなと思った。それで気に入ればボーナスで買えたりもするわけだし。




 実家の近くの土手はよく整備されていて、野球が出来たり、サッカーが出来たりする。こうして望遠で撮ると、懐かしい時代を思い出すかのような錯覚に陥るのは、望遠レンズの圧縮の効果なのだろう。時代をさかのぼるということは、圧縮された記憶をたぐることと似ているのかもしれない。




 冬の空に手を伸ばす木々の姿。その爪痕で透明な罪の証拠を刻んでゆけばいい。




 水辺に栄えた木の枝は、冷たい川の流れの中に身を浸す。1年を過ごす誓いを立てるための精神統一をしているのかもしれないし、魚が釣れるのではないかと勘違いをしているのかもしれない。そういえば昔、川に自分の尻尾をたらして魚をつろうとしたら、川が凍ってしまって尻尾がちぎれてしまったきつねだかなんだかの物語を読んだことがある。身を切る風の静謐を川はそっと蓄えているのだ。




 青空の下の青いショベルカー。二台並んだショベルカーを、父親と僕という風に見立ててみることも出来るかもしれない。あるいはきちんと水平の取れていない写真について、僕の精神的なゆがみを解釈することだって出来るかもしれない。世界はいつでも可能性に満ちている。




 ハイキーシリーズその1。妻が好きなナカマサニッキの人を意識してみた。元旦に撮った写真の中に晩秋の日暮れを漂わせることの出来る自分の才能に嫉妬する。秋の日はつるべ落とし。どこまで落ちていくのだろう。




 ハイキーシリーズその2。妻が好きな以下略。
 正月の空の下を遠くまでマラソンをして帰ってくる子どもたち。行きには僕たちとすれ違い、「何してるの?」と尋ねられた。一緒に富士山を眺めて、マラソンを再開するのを見送った。彼らが大人になった時、僕は大人として彼らに何を残しているのだろう。




 ハイキーシリーズその3。土手の階段を降りたところにあるチェーン。薄れていく記憶を象徴するように境界線を失っていく朝の光の中で、何をとどめようとしているのだろう。




 家に帰るとお節料理の準備が出来上がっていた。父親はそのまま包丁を握り、魚を下ろして刺し身を盛りつけた。




 妻と母親たちが盛りつけたお節料理とお雑煮が並んでお正月の始まり。一年が幸せのうちに過ぎていくことを願う。例えそれが淡い期待であるかもしれなくとも、僕たちに願うことが残されている限り、期待することは所与のものであると思うのだ。

 自分の写真を撮りながら、父親にもカメラの扱い方を教え、それまではシーンモードを使うことしかなかった父親が、だんだんと絞り優先モードであるとか、マニュアルモードだとかを使えるようになって、その楽しさを味わうようになったことが何より嬉しかった。この年になって思うのだけど、僕の家族は自分の好きなものに対して積極的になるということについて、ずいぶん苦手であるみたいだ。父親も本当は写真が好きなのだけどそれに足を踏み入れていくことに躊躇していたように見えたのは、多分、思った通りに行かなかった時の失望感にどう対応したら良いか分からないからなのではないかと思う。今度帰省するのは夏だろうから、今度は夏の写真を撮りに行ってみようと思う。


<おまけ>



 実家から戻り、セールに出かけた。前々からMackintoshのNew Dankeledが欲しかったので、探しに出たのだ。色は黒。でもあまり期待はしていなかった。実家から戻る時にORO CLOCKを見に行ったけれどもセール対象にはなっていなかったし、在庫を含めて3つ見せてもらったけれども、1つ1つ少しずつ異なる表情のどれもがしっくり来なかったりして、淡い期待の淡さについて、大人としての現実感を持ち合わせていたからだ。けれどもUnited Arrowsに入った時に、探していたまさにそれが1着だけ、ぴったりのサイズで40%引きになっていた。もちろん、その場で購入した。今年最初の散財。だんだんこのブログが物欲ブログになってきている気がしないでもないけど、期待した通りに物事が運ばなくても僕たちは願うことをあきらめるべきではないのだということを、僕は高らかに歌い上げたい。
記事へナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


動物園

2009/12/26 21:54
 寅年に備えて動物園に行ってトラの写真を取ろうということになった。年賀状に使おうという魂胆なのだけど、動物園に行くとなると手元にあるレンズだけでは多分長さが足りないと思い、仕方なく(仕方なく)新しいレンズを購入した。
 Nikon AF-S VR Zoom Nikkor ED 70-300mm F4.5-F5.6G (IF)。
 もちろん写真の出来は本体とレンズと僕自身の腕の関数なので、写りが良かったり悪かったりするからといって、簡単にレンズのせいにしたり、僕のせいにしたり、ましてこんなことなら高いお金出して新しいレンズを買う必要なかったんじゃないとか思ったりしてはいけないと思う。


画像

 曇り空の動物園には、レッサーパンダでさえ舌を巻く。というか、下を向く。冬の曇り空はやがて雨粒を落としていく。


画像

 寝ているのか、拗ねているのか、哲学する熊の片鱗を見せているのか。


画像

 ぼーっと中空を見つめるペンギン。見つめる先は他の誰にもたどり着けない領域か、幻の魚の住む国か。


画像

 優雅な動きとは裏腹にひどい顔をするキリンの潤んだ目。


画像

 さて、トラ。曇り空のもと、ガラス越しの狭い部屋の中でウロウロするトラの、うらぶれた日曜日。例年よりもトラを見に来る人が多いという動物園の人の話もあって、トラも困惑しているのかもしれない。
 「トラないで」とか思っているのかもしれない、という冗談を口にする人がいて、それに困惑しているのかもしれない。


画像

 冬の曇り空は動物たちを物思いにふけらせるのかもしれない。高い場所から人間を見下ろす、チンパンジーのたたずまい。小さくなってやりすごす、寒い冬を越す工夫なのかもしれない。


画像

 あくびをするチンパンジー。誰かに見られないかを気にしているような目の動き。退屈さには神でさえ舌を巻く。
 これまでのレンズではここまでは撮れなかったのです。

 新しいものを手に入れることで到達できる領域があり、それは幻の魚のいる国のようなものかもしれない。そこまでたどり着いたからと言ってお腹が満たされるわけではないけれども、心は満たされるのだ。豊かさとはそういうものだと思う。ということにしておこうと思う。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


Nikonから何か発表?

2009/12/06 01:40
 Nikon Rumorsの記事(これこれ)によると、今月の10日あたりに何か新しい発表があるらしい。それがレンズの発表なのか、カメラ本体の発表なのか、何かのサービスなのか、そもそもがスロベニアのニコンから届いた招待状らしいのでスロベニア国内だけでの何かなのかはっきりとしないけれども、D3sが出てD700後継機は来年になってからといわれていたところで、にわかに活気づいている感じだ。
 D700の次に出てくる機種にはとりあえず手を出すことを検討するつもりでいるつもりなので(あまりはっきり言えないけど)、これからしばらくは楽しみだ。AF-S VR Zoom-Nikkor ED 70-300mm F4.5-5.6G(IF)も購入して、徐々にFXへの移行の準備をしているのだ。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


iPhoneでエクスプレス予約 その3

2009/10/31 09:55
 このブログのアクセス数を稼いでいるのは何気にこれに関する記事(こちらこちら)なのだが、iPhoneが発売されて1年以上がたち、その間にエクスプレス予約は何度かシステムの変更があったにも関わらず、相変わらずiPhoneからの操作性が悪い。表示を変えることで操作性を改善するiPhoneアプリも出たのでそれを使っている人もいるだろうけど、あれはあれで別のサイトを一度経由するので僕は何となく敬遠している。
 この前もEX-ICに対応するためだったと思うけどシステムの変更があり、それまでは以前に紹介したようなやり方でだましだまし使えていたが、この変更から以前の方法も使えなくなってしまった。一番使うメニューが「ご希望時間の列車を検索して予約」なのだけど、一回クリックして日時や駅名を選択する画面に飛んで、そこで表示が崩れるので一度メインメニューに戻ってもう1回同じメニューを選択して、という方法が使えなくなったのだ。どうしてそうなったのかはよく分からない。世界を動かす歯車を回す小人たちの気まぐれかもしれない。

 そこで新しい方法を取ることにした。自分でもマニアックだなと思うし、よくこんな方法に気がついたなと思うけど、だんだんiPhone対Jail Breakのような関係と同じである気になってくる。僕は間違ったことをしているわけではないのだけど、と主張したいけど、多分小人には伝わらない。

1.メインメニューに入る

  → 

 何かをクリックして次の画面に飛ぶ場合には、こんなふうに必ず一番縮小された画面に戻しておくのがiPhoneにおけるエクスプレス予約利用の基本。画面を拡大したままにしておくと、その大きさで次の画面が描画され、iPhoneの画面上に現れたのより外側の部分は切れてしまう。
 パスワードを入力する画面でいきなり表示が崩れるあたりに、そこはかとない物悲しさと不吉な予感とを漂わせる。脱力するとはこういうことかということを、これほどまでに見事に描き出す瞬間もそうないだろう。

2.「ご希望時間の列車を検索して予約」を選択

 

 画面を拡大せずに選択できるならその方が吉。拡大して選択した場合にも、必ず元の大きさに縮小すること。使ったら後片づけをしましょう、と言う古の教えがこだまする。新幹線なだけに。

3.日時、駅名などを選択

 

 ここで日時や駅名を選択すると、画面の拡大が引き起こされ、iPhoneの液晶からはみ出す部分の表示は切れてしまう。もはやiPhoneにおけるエクスプレス予約のデフォルト使用かと思うほど、毎回同じ挙動。仕方がないので、メインメニューに戻る。この時に下の画像のように一度画面を縮小して元の大きさに戻しておかないと、メインメニューに戻った時にメインメニュー自体の表示が切れてしまう。あっちでもこっちでもダメになる、白ヤギさんと黒ヤギさんがお互いに手紙を食べあっているような世界。コミュニケーションとは何であるのかを問いたくなる一瞬。

 

4.再度「ご希望時間の列車を検索して予約」を選択

 また「ご希望時間の列車を検索して予約」を選択したら、今度は下の画像の大きさくらいまでまず画面を拡大。

 画像

 この時にiPhoneのメニューバー(というのかな。アンテナの本数とかが表示されているところ)でくるくる回る表示が完全に消えたことを確認してから拡大しないと、やっぱり表示が崩れることがある。急がば回れを地で行くiPhone。
 この大きさに拡大してから日時や駅名を選択するとなぜか表示が崩れない。

  →  →  → 

 世界を動かす歯車を紡ぐ小人(というよりむしろJR)の気まぐれに合わせて、僕はこんなふうにしてiPhoneでエクスプレス予約を使っています。

 ちなみに、最初に「ご希望時間の列車を検索して予約」に入った時に画面を拡大してしまえば良いのではないかという発想もあり得るけれども、それはなぜか通用しない。その時はやっぱり表示は切れてしまう。これはきっと三顧の礼を持って迎えるべしということなのではないかと推測しているけれども、もちろん三回じゃないじゃないかという異論もあることと思う。でも、もはやここはコミュニケーション不全の世界なのだ。白ヤギさんと黒ヤギさんの置かれた状況に比べればまだましだということを僕たちは感謝するべきなのだと思う。
記事へブログ気持玉 0 / トラックバック 2 / コメント 0


ヘルシオ使用記

2009/10/29 02:38
 1世代前の最上位機種、AX-X1を購入したことについてはすでに書いたが、そのヘルシオが到着した。

 早速レンジ機能を試してみたが、何というか可もなく不可もなく、煮物を温める時にはどうやら温めすぎるようで大きな皿の真ん中に入れていたにも関わらず、皿全体が熱くなって持てないくらいに温めすぎたりはしているが、そういった温めの過不足に癖はあるものの、さして不満もなく、満足もなく、といったところ。おそらくレンジ機能に関して言えば、単機能のレンジの方が賢いのだろうけど、だからといってオーブンとレンジを別々に置けるかというと、一般家庭では難しいだろうし、僕の家だってその一般家庭の枠から外れているわけではない。なので、癖を覚えながら「熱め」とか「ぬるめ」とかを使いこなしていくのが良いのではないかと思っている。レンジがそんなに賢く温め温度を考えられるとは僕は思っていないので、そうした調整をすることに不満は感じない。自動でぴったりの温度になることを願っている人にとっては不満になるところだろうけど、高すぎる期待を持たないことが人生におけるエートスであると僕は思っている。エートスとは何かを解説することを僕に期待しない、というのが例えば人生におけるエートスである。

 最初から手動でワット数や温め時間を設定することもできるが、ダイヤルを回して、決定ボタンを押してという動作が重たいというほどではないものの軽快とも言い難く、まどろっこしく感じるところはあるので、それならダイヤルを回さずにできる自動温めを使おうかという気にはなる。iPodなみの軽快さかと思いきや、iPhoneみたいな一生懸命さを醸し出す。努力の跡が見えるのは嫌いではないけれども、レンジのダイヤルに期待しているのはそういうことではない。
 液晶表示でビジュアルを強調するのは構わないが、その表示速度も含めてデザインであることは家電メーカーには理解していただきたい。

 妻は早速、スチーム機能を使ってみたようだ。ウォーターオーブンやウォーターグリルといった機能があるようだが、これらの機能は物によって温度のムラや癖があるので、まずはそれを把握するために温度変化のないグリルを使用したらしい。



 材料の用意。どんなにオーブンレンジが進化しても、材料を用意するところまではやってくれない。もしも次の家電におけるブレークスルーが訪れるとしたら、人づてに語り継がれるこびとを内蔵することができた時だろう。「こびと搭載」。夜中に靴だって作ってくれるかもしれない。



 材料を用意したら時間を設定して、焼く。妻によると、どれくらいの焼き具合になるかは何度か試してみる他になく、実際にこの時も何度か時間を設定しながら焼き具合を見ていた。僕にはさっぱり分からない世界。もしかすると妻にはこびとがついているのかもしれない。



 焼き上がり。これくらいかな、というところで取り出す。取り出すのにコツはいらないけれども、鍋つかみは必要。



 お皿に持ってみる。美味しそうに見せるにはコツがいる。



 いただきます。

 と終わりにしていては、使用記にならないので、端で見ていての感想を。
 ウォーターグリル単機能の製品が最近出たけれども、確かに加熱水蒸気を使ってのグリルはそれを売りにするだけのみずみずしさをキープしていると思う。その特徴はどちらかというと野菜において顕著で、今回は特にタマネギで顕著だった。焼いたタマネギの乾いた感じも好きだけれども、ウォーターグリルで加熱したタマネギは蒸したそれに近く、甘味の増したみずみずしく温かいタマネギもまた美味。肉は油分が落とされることもあって、さっぱり目に仕上がり、胃に優しい。こってりとした肉料理を求める人にはかえって物足りないかもしれないが、そのあたりはまた何百種類かあるメニューを使ってみると違ってくるかもしれない。
 水を使っているため、庫内には水蒸気が充満しているが、料理を取り出す時にドアを空けた段階でそのほとんどが宙に消え、後に残された水滴もふき取ればきれいになる。思春期の情熱のように、きれいに消え去ってしまう。むしろ健康のためにそぎ落とされた油分がトレイに残り、そちらの掃除に一手間かかる。トレイよりやや大きめのオーブンシートを敷いておけば、油がトレイにつくことも少ないかもしれない。過ぎ去った青春の残滓だと自分を慰めるという手もなくはない。そんなことが慰めになるとすればだけど。もちろん現実的には「僕が洗うよ」というのが正解。きっと僕の中にもこびとが搭載されているのだ。

 家電の多くは生活の中に溶け込むものなので、使い込んで、使い慣れてみないと、うまいこと評価はできないと思う。使っていけばまた違う面も見えてくるだろうし、意外な表情だって見せるかもしれない。なので、今回の使用記はほとんどファースト・インプレッション。しかも妻が作っているのを隣で写真に撮っていただけなので、あまり役に立たないかもしれない。役に立つかで言うと、そもそも1世代前の機種なので、今でも情報を欲しがる人がいるかも分からない。でもまた、機会があれば続きを書いてみようと思う。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


Dali TowerとYAMAHA A-S1000 + CD-S1000

2009/10/26 02:28
 やっとオーディオをそろえることができた。一口にオーディオと言っても、一式5万くらいのものから、スピーカーだけで何十万とかその上とかいうところまである世界なので、どの辺で区切りをつけたら良いのか分かりにくい。一口頂戴と言ってラーメンに手を伸ばしてどれだけ食べたら良いか迷ってしまうようなものだ。少なすぎると損をした気になるし、多すぎると不愉快な顔をされる。それでも前に持っていたのがINTEC 275だったので、それを基準に考えて、まずは今のINTEC 275に目星をつけた。スピーカーを見るとD-302Eというのがだいたい10万ちょっとという値段で、プリメインとCDとをA-1VLとかA-973とかにしてみたものを想定。
 家電量販店で聞かせてもらうと、キラキラした美音というか、以前に聞いていた時には意識していなかった高音の響きが耳に痛い気がした。いくつか違う店で聞いたのだけど、ちゃんとしたセッティングではなかったとは言え、ネットでも高音が耳につく人は耳につくという書き込みを目にしたので、そういうものなのだろうと長いつきあいだったONKYOをあきらめた。変わりに評判が良かったFOSTEXのG100を聞きに行くと、こっちも良いですよ、と勧められたのがB&WのCM5。アンプにはMarantzのもの。しかしこれも聞いてみるとやっぱり高音が耳について、長時間聞いていると頭が痛くなりそうだった。
 僕はどうやら高音に弱いらしい、ということでちょっと絞り込んでいくことにした。

 僕の生活の仕方を考えると、音楽はあくまでBGM的に流れていることになる。テレビを見る代わりに音楽を聴いているようなもので、例えばこうしてブログを書いている時には音楽が流れている。なので、聞き疲れせず、優しく控え目な音が良い。音楽のジャンルは特にこれと言ってないけれども、ロックなんかを本当にロックらしい音で聞くと言うことはほとんどなく、クラシックを聴いてみようかなと思ったりもした。印象に残る音よりも、控え目ながら破綻のない音。一口目に美味しいラーメンも食べ続けると飽き飽きしてしまうようなものかもしれない。
 それとこれまではブックシェルフ型を考えていたけれども、スタンドをつけた方が良いとなるとフロア型でも良いんじゃないか、とか、小さなスピーカーをスタンドにのせた姿よりもフロア型を床に置いた方が見た目に良いんじゃないか、とかいうことも考え始めた。何よりスピーカースタンドの見た目が好きではなくて、あまりデザイン性もないように思えるし、それがあることでオーディオのための空間が作られてしまうようにも思えるのだ。何もオーディオのために生活しているのではなく、生活の中でのオーディオなので、そこまでオーディオらしさがなくても良いのだ。もちろん僕にとってはということだけれども。
 そうした中で候補に上がってきたのがDALIのTower。何だか予算が上がったような気がしなくもないけれども、耳に優しく財布に厳しく。良いというのはそういうことだ、と。量販店でまた聞いてみると確かに音が柔らかい。隣にあったCM7も良かったけれども、それはちょっと予算をかけすぎかな、と、プリメインやCDも買うことになるし、オーディオだけにそんなに注げないし、評判も悪くないのでここが1つの区切りになるかと思った。どんなに美味しいラーメンでもそのために旅行はできない。

 一応音の一番出口にあたり、音への影響が大きそうなスピーカーをそれとして、次にプリメインアンプとCDプレーヤーを探すことにした。DALIの日本での輸入販売代理店はDENONであり、ネットを見るとクラシックを聴くにはDENONとの組み合わせが温かみがあって良いみたいなことが書かれていた。それと面白そうだと思ったのは真空管アンプ。でも真空管アンプはTRIODEのTRV-88SEだったかな? を聞いてみて、音が割れてしまっていたので、もしかしたらその個体の問題だったのかもしれないけど、あまり変わり種に手を出すのもやめておこうというのもあってやめた。DENONのPMA-2000SEとかが王道のようで、それも考えたけれども、DENONのアンプはいくらか厚みがあって、確かにクラシックを聴くのには良いかもしれないけど、音が混ざるというか、1つ1つの音がきれいに分離していない気がして、散らかっている印象も受けてしまう。それは別のスピーカーで聴いていた時にもあった印象だったので候補にはならなかった。
 さてどうしようかな、と思っていたところで、YAMAHAから新しいシリーズが出た、ということで調べてみるとわりと評判が良いよう。Towerで聞いてみると、DENONよりもあっさりしていて聞き疲れしないように思えた。量販店でつながっていたのはA-S1000で、2000の方が評価は良く、雑誌などでは予算上の問題がなければ2000にしない理由はない、というような書かれ方もしていて、そうなのかと思ったりした。でもスピーカーの時点でもともと想定していたものよりも上がっていたし、ここでプリメインをあげて、それに合わせてCDプレーヤーもあげて、とやっていると、きっと不愉快な顔をされる。誰からとは言わないけど。
 それに、ぼくはやっぱりオーディオのために生活しているわけではないので、例えばラックを買うかというと買わないし、ケーブルにこだわるかというとこだわらないし、一番良い音に聞こえる位置に座るかというと、部屋の中をうろうろしていることになると思う(別に徘徊しているわけではない)。そう考えると、A-S1000と、それに合わせてCD-S1000で良いんじゃないかということで、その3点を購入。



 A-S1000。




 CD-S1000。


 直線的な表情は現代的というよりは、スイッチ部に見られるように懐古的。写真には写っていないが、シルバーの外装に側面だけが淡い白木というパッケージングは、冷ややかさの中に柔らかさがあって、北欧に春の足音が聞こえてくるようなたたずまい。CDを聞く際には「ピュアダイレクトモード」という仕組みがあって、CDプレーヤーの表示などが消え、余計な雑音を拾わないようになっている。CDトレイは静かにせりだし、重たいくぐもったカコンという音とともにとまり、CDを載せると滑り止めの効いたトレイに収まる。トレイを閉じると再びくぐもった音でとまる。何にも動じることのない確かな足取りで歩む宿命的な象の行進を思わせる。歩みを進めた先で、死が訪れるその時まで地面に根を下ろした大木のように象は微動だにすることもないだろう。



 リモコン。左がプリメインアンプのもの、右がCDプレーヤーのもの。

 プリメインとCDプレーヤーとそれぞれにリモコンがついているが、プリメインのリモコンの方がはるかにシンプルで美しい。そのリモコンでCDの再生と入力ソースの切り替えはできるので、僕はそちらしか使っていない。表面はスチールのようだけど、裏面はプラスチック。もう少し重みがあれば高級感につながると思うけど、残念なところではある。



 Tower。

 DALIのTowerはもう製造中止になっているようで、後継機種が投入されるのかは分からない。弦の響きは柔らかく豊か。低音はややぼやけていて、重低音とはほど遠い。ある程度エージングが進むとそれでも低音に絞まりは出てくるけれども、それにも限界がある。壁に近づけるとぼやけた印象はさらに強く、壁際につけたプリメインやCDプレーヤーよりもスピーカーはせり出している。スピーカーネットがついているが、それをとった方が音が明瞭になるとの情報があって今はそうしている。悪くはないけれども、ネットを付けるための穴が飾り気のない素朴さを醸し出す。良く言えば。マグネットでスピーカーネットがくっつくものがあったけれども、そちらの方が見た目はきれい。それがスピーカーとして正しいあり方であるかは分からないけれども。
 スピーカーケーブルは1mあたり1000円程度のもの、CDプレーヤーとプリメインアンプをつなぐインターコネクトケーブルも付属のものを使っているので、さすがにこの辺はもうちょっと考えても良いかもしれない。ラーメンに追加の具を入れるようなものだと思う。ちなみに僕は煮玉子かメンマが好き。たまに青さ海苔があるとそれも選択肢に入るけど、そういった比喩がオーディオの話として適切なのかがそろそろ分からなくなってきた。
 僕が買った時にはTowerのキャンペーンみたいなもので(多分在庫整理の意味もあるのだと思う)、スピーカーケーブルのプレゼントがあった。今それが手元にあるのだけど、とりあえずそれが柔らかめの音だということで、購入した時にはそれとは方向性の違うケーブルを店員が選んでくれて、プリメインとスピーカーには今そちらがつながっている。ある程度今の音に慣れてからスピーカーケーブルを変えて、インターコネクトケーブルも新しく何かを探してみようと思う。



 全体としての音は、どう表現したら良いか分からないけど、広がりのあるあっさりとした音。押し出しは強くなく、むしろほとんど感じられない。オーディオを聴く位置はスピーカーから4mくらい離れていると思うのだけど、そのせいか音はスピーカーのある空間辺りでなっているような印象。暖房器具で例えるとストーブとかカーボンヒーターとかみたいに熱がこちらに向かってくるのではなく、オイルヒーターのようにそこはかとなく熱が伝わるような感じ。
 パソコンからも音楽を流せるように、AirMac Expressのオーディオ出力からプリメインアンプにつないで、iTunesから音楽を無線で飛ばしているけれども、さすがにCDの音に比べると、LAMEを使ってエンコードしたMP3とはいえ、音に立体感がなくなる。iTunes Storeで音楽を買うのが手軽ではあったけれども、音楽をCDで聴こうという気になる。ただMP3の方が低音の締まりは良くなるというか、低音がしっかりと聞こえるようにはなった。どういうことかは分からない。新しいMac miniが出たので、CDをApple LosslessかAIFF形式で取り込んで音楽サーバーとし、AirMac Expressに飛ばしてデジタル出力でプリメインアンプにつなぐ、操作はテレビをディスプレイ代わりにしてFront Rawで、ということをそのうちやろうとは思っている。

 妻の評価は悪くはなく、聞きやすいし、音楽を聴くのが楽しくなったという。多分これまでちゃんとしたオーディオで聞いてこなかったせいで出てくる音の質の違いに驚いているのもあるのだと思うし、別のスピーカーやプリメインでも同じように感心するかもしれないけど、でも聞きやすくて疲れないというのは僕たちにとっては重要。何より不愉快な顔をされなくて良かったと思う。テレビを見る時間が本当に減って、CDを探す時間が増えている。今流れているのは大橋トリオ「A BIRD」。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 9 / トラックバック 0 / コメント 1


PENTAX K-x

2009/09/23 16:04

(写真はEngadgetより)

 PENTAXが何を思ったのか、デジタル一眼レフの多色展開。本当にそれをやっていきたいのであれば、コンパクトデジタルカメラを見習って、素材から考えていかなければならないのだろうけど、黒い一眼レフの枠組みから抜けられていない中途半端さが困惑をさそう。多色展開は、その色で、そのカメラをどう生かすかという点からデザインする必要があるのでは。

 とりあえずその中でも、まだ目に出来るのが上の写真。連邦の白いヤツと赤い彗星、黒い三連星のトリコロール。
記事へ面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


加熱水蒸気オーブンレンジ購入

2009/09/22 13:12
 新しいオーブンレンジを購入しようといろいろと調べていた。思い始めたのはもう少し早い段階だったけれども、急ぐわけではなかったので、ゆっくりと待っていた。候補になっていたのはヘルシオ、ヘルシーシェフ、ビストロ、といったスチームを使ったオーブン機能を誇る3機種。毎年夏ごろに新しい機種が発表されるため、それを待っていたところ、予定通り新機種がそろったため、いよいよ現実的に検討。
 まずはスペックの調査。せっかく買うなら最上位機種位を、と言うことで各メーカーの最上位機種での比較。

ヘルシオ(AX-X2)(スペック表
定格消費電力    レンジ1,460W/オーブン1,410W/グリル1,410W
レンジ出力     1,000W・600W・500W・200W相当
温度調節      発酵(30・35・40・45℃)・100℃〜250℃
外形寸法      幅525mm×奥行440mm×高さ430mm
 取っ手含む奥行  490mm
庫内寸法      幅345mm×奥行360mm×高さ235mm
 庫内容量     30L
質量        約24kg
水タンク容量    900ml

ビストロ(NE-R3200)(スペック表
定格消費電力    レンジ1,450W/オーブン1,410/グリル1,350W
レンジ出力     800W・600W・500W・300W・150W・300Wスチーム
オーブン出力    1,350kW
温度調節      発酵(30・35・40・45℃)・100℃〜300℃
グリル出力     1,300kW
スチーム出力    1,000W(300W+700W)
外形寸法      幅509×奥行468×高さ414mm
 取っ手含む奥行  495mm
庫内寸法      幅394×奥行309×高さ225mm
 庫内容量     30L
質量        約22.4kg
水タンク容量     550ml

ヘルシーシェフ(MRO-FV300)(スペック表
定格消費電力    レンジ1,450W/オーブン1,420W/グリル1,390W
レンジ出力     800W・600W・500W・200W相当・100W相当
オーブン出力    1,360W
温度調節      発酵(30・35・40・45℃)・100〜250℃・300℃
グリル出力     1,330W
外形寸法      幅500×奥行444×高さ443mm
 取っ手含む奥行  474mm
庫内寸法      幅400×奥行322×高さ240mm
 庫内容量     33L
質量        約24.5Kg

 どの機種もすこし前までは設置面での不自由さがあったが、今回、あるいは前回の機種くらいから、背面をつけて設置できたり、上面も10cmの隙間があれば大丈夫なようになっていたり、着実に進化している。ヘルシーシェフは、上面に物を置けるようになっていて、その面では大きな前進。ウェブサイトは相変わらずの力の抜けようだけど。
 ヘルシオの良いところは最初から最後まで加熱水蒸気を使った調理が出来るところ。他の機種ではレンジ(電磁波)やオーブン(光ヒーター)との組み合わせになっているため、栄養素や細胞の保存という点ではヘルシオが一歩抜きんでているよう。おいしさもしたがって、ヘルシオが一番というのが巷の噂。逆に言えば他の機種はいくつかの熱源を組み合わせて効率良く調理可能みたい。また、ビストロ、ヘルシーシェフでは煮物と焼き物、解凍と温めなどの2つの作業を一度に出来るところがあるけれども、ヘルシオにはそういった機能はなし。便利さではおそらく、ビストロ、ヘルシーシェフが勝っている。さらに、ビストロ、ヘルシーシェフではオーブンの加熱が300℃に達するなど、ヘルシオよりも高温になり、その分、物を入れる時の温度の低下の影響を軽減できる。とはいえ、これは最初の5分間だけの話で、それ以降はヘルシオと同じ250℃での運転に変わるよう。
 しかし、それでも何でもありの携帯電話を好む日本人的には、ビストロ、ヘルシーシェフといった便利に使える機種の方が評価が高くなるだろう。逆に言えば、ヘルシオは便利さを犠牲にしても1つの料理を丁寧に作ることに専念している印象。
 ビストロについては、光ヒーターが上面に露出しており、加熱水蒸気を使った際の庫内の拭き掃除の際に、うっかり手が当たって割れてしまわないかといったところが心配でもある。

 さて、以上のような特徴を踏まえて、ウチの場合、妻の要望は以下の通りだった。
1.2人とも働いているため、朝などゆっくり料理をする時間はない。そのため、レンジ機能が活躍するところ。レンジの使い勝手はどうなのか。
2.自動メニュー数にはこだわりなし。レシピの幅は広がるだろうけど、そんなに料理に時間も体力も注げるわけでもないし、これまで普通のオーブンレンジでやって来れたし。
3.見た目が良いもの。どうして全面のガラスに番号とメニューが印刷されているのだろう。外観が損なわれてしまうのに。

 外観を考慮すると、ヘルシオ以外に選択肢はなく、ぎりぎりでビストロ。2品同時調理とかには妻の関心は動かされず。そこまで何でもこれ1台でしなくても良いから、とのこと。でも2品同時温めは良いかも、とも。単品のレンジ機能に関しては、ネットでいろいろと調べてみたけれども、あまり情報はなく、これらの機種をレンジ機能中心に考えている人もいないだろうと思えばそれはそうかもしれないと納得は出来る。とりあえず、スペック上はヘルシオが一番出力がありそうで、温めも早そう。しかし、普通のレンジのように主導で手軽に出力と時間を設定できるのかが分からなかった。
 僕としては、ヘルシオが見た目に良いな、ぐらいしか考えるところはなかったのだけど、妻はいろいろと考え込んでいたようで、そもそも加熱水蒸気オーブンレンジが必要なのだろうか、みたいな振り出しへの戻り方をして、それじゃあ、ということで、もう一度実物を見ながら普通のオーブンレンジも検討してみようということになって、博多ヨドバシへ。

 と、目に入ってきたのは展示処分品のAX-X1。ヘルシオの前の最上位機種だ。値段は新品の3分の1。在庫を売っているAmazonと比べても20%近く安い。まあ、展示品であったのでそうだろうと思うが、店員に尋ねると、電源を入れたことはなく、開け閉めはされていたし、汚れてはいるけれども、それらはきれいにして届ける、とのこと。付属品はもちろんあり。化粧箱(外箱)はなし。
 僕だけであれば展示品はまず買わないが、妻にしてみたら全然気にならないよう。ヘルシオの新しい機種は液晶に絵が出てきてごちゃごちゃ動いてうるさい、とも思っていたようで、その点では前機種の方が評価は良かった。性能、設置法にはたいした違いがなく、何より値段が安い。
 ということで、これをお買い上げ。

 いろいろ調べて迷っていたのに、最後は安さに負けたようで。

 諸般の事情で、届けてもらうのはもう少し後に。レンジ機能を中心としたレビューは、今さらながら、機会があればお届けします。



オーブンもはかりもいらない電子レンジのおやつ
楽天ブックス
著者:村上祥子出版社:日本文芸社サイズ:単行本ページ数:95p発行年月:2003年05月この著者の新

楽天市場 by ウェブリブログ

SANYO オーブンレンジ 「Wジェットスチーム」 (マテリアルシルバー) EMO-TS30B(S)
三洋電機

ユーザレビュー:
かなりおすすめです! ...
使用した感想比較的安 ...
デザイン良し、コスト ...

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 5 / コメント 1


San Francisco 01

2009/05/28 02:31
 仕事の関係でサンフランシスコへ行った。

 新型インフルエンザの流行が問題となって、日本からの渡航客がぱったりとなくなってしまっているようで、成田空港のチェックインカウンターは閑散としていた。ガランとした空間に誰もいない光景は深い井戸の底から眺めた世界のようで、暗い照明とハイライトのような掲示板の光、そして大きな窓から差し込む明るい陽射しと合わせて、どことなく現実味を欠いていた。こんな時にアメリカに出かける僕の方がそもそも現実味を欠いているのだとしても、その現実味のなさを映し出す現実がそこに存在している事が、現実感の喪失をよりリアルに問いかけていた。「君は何を失った?」

 9時間にわたる飛行の中で、僕は日付変更線を越え、ある日の夕方に成田空港を飛び立った飛行機は、その日の早朝にサンフランシスコ国際空港に降り立った。飛行機を降り、入国審査を終えた後で、僕が失ったのは1日が1日のうちに過ぎ去るという現実だった事を知った。









 朝を終えたばかりの太陽は、青い空を染めて大陸へと駆け上がっていた。空港からつながっている駅でBARTに乗ってサンフランシスコ市街へと出て、予約をしていたホテルにチェックインをした。部屋の中を一通り眺めて、窓からの景色を確かめ、それからベッドに身を沈めた。サンフランシスコの気温は低く、5月が終わろうとしているにも関わらず17℃くらいをうろうろとしていた。強い陽射しが降り注いでいたけれども街を流れる風は冷たく、ちぐはぐな熱量が不揃いな交信みたいにあちこちでディスコミュニケーションを起こしているみたいだった。身体を眠りのベールが包み込んで、井戸の底に沈もうとする重力に引きずられるみたいに僕の意識はベッドに沈み込んでいった。

 目が覚めた時には夕方で、ちょうど今ごろ僕は日本を飛び立っていた。
 そう考えて、時間の流れがきしむ音が聞こえた。









 外に出てみると6時過ぎにしては空は明るく、街の熱気もそれほど落ちてはいなかった。Market Streetと4th Streetの角にはApple Storeがあって、何の気なしにそこに入ってみるとそれはいつものApple Storeで、2Fのシアターでは写真家によるセミナーが行われようとしていた。アメリカ人に交じってシートに身を沈め、Clay Enosが語るWatchmenポートレイト撮影の裏話をじっと聞いた。
 それが終わって再び外に出た時にはすでに夜は訪れていた。通りを流れる車のライトが知らない街の見えない表情を照らし出していた。夜は物憂げに何か言いたそうだったけど、結局何も言わずにその翼を広げて空を覆った。あるいは僕がそれを読み取れなかったのかもしれない。ディスコミュニケーションは僕の問題だったのかもしれない。






 翌日、昼過ぎからFisherman's Wharfまで出かけた。 Powell駅まで歩くと、そこがサンフランシスコの名物であるケーブルカーの始発駅になっている。サンフランシスコはたくさんの急な坂道でできていて、立ち並ぶ家々は坂に張り付くように造られている。ケーブルカーはその間を坂道を上ったり降りたりしながら進んでいく。その終点の1つがFisherman's Wharfだ。坂はどこかへ続くはしごのようでもあるし、街に押し寄せる津波のようでもあった。立ちはだかる壁のようなそれにひるむ事なく、機械式の時計のようにチクタクとケーブルカーは坂を登っては降りていた。








 向こうからやってきたケーブルカーは、始発駅で向きを変える。線路は丸い円盤の上で終わっており、円盤の脇にあるヒモを引くと円盤はぐるりと回転をする。チケット売りや運転手が一緒になってケーブルカーを押して円盤を回転させ、新しい始発の線路につながったところでケーブルカーを押し出す。ケーブルカーの終点であり始発でもあるその円盤を取り巻くように、ケーブルカーを待つ人の列が続き、その内側をチケット売りが行ったり来たりしながらチケットを売っていた。片道5ドル。近くにあるチケット販売所で1日乗車券を買えばサンフランシスコ内の全ての乗り物に乗っても11ドル。他に行く当てのない僕は帰りの事も分からないので5ドルのチケットを買った。









 どれくらいの坂を登って降りたのかは分からないけれども、とにかく終着駅はFisherman's Wharfだった。狭い歩道に並んだ店先のガラスケースにカニやエビを盛りつけたカクテルが置かれ、雑然とした空気の中で観光客が次々とクラムチャウダーを注文していた。反対側の店先にはSan FranciscoとかSFとか書かれたTシャツが惜しげもなく並べられ、実際そこには惜しむべき要素が何も見つからなかった。観光客気分でそのTシャツを買って、家に帰って我に返った時のことを考えれば、悔やむべき要素なら見つかるかもしれない。冷たい空気の中で歩道にあふれる人ごみは、まるで季節外れの祭りに並ぶ屋台のように不思議なにぎわいに満ちていた。空は青く、屋根のついた歩道の影は薄暗く、大声で何かを言いあうたくさんの声だけが、目的を失ったまま空を飛ぶカモメのように行き交っていた。
 あるいはもちろん、目的を失っているのは僕なのかもしれないけれども、失うほどの目的があったのかどうかさえ僕には分からなかった。

 強い風の吹きつけるコンクリートで固められた港のベンチで、丸い大きなパンをくりぬいて作られたボールに入ったクラムチャウダーをすくって食べ、手を伸ばせば届きそうに思えるアルカトラズ刑務所を僕は眺めた。目の前には大きな船が停泊していて、それが実際に動く船なのか、公園に置かれた機関車の先頭車両みたいにあいまいなノスタルジーと合目的な観光資源とを提供しているのかは定かではなかったけれども、それがあるおかげで僕はそこが港である事をかろうじて認識する事ができた。記号としての船の存在が港には必要なのだろう。それがコミュニケーションというものだと思う。記号を欠いた意味は現実味を失い、意味を欠いた記号には目的が欠落している。そういうことなのだろう。

 冷たい風が福中で、僕は5ドルを払ってもう一度ケーブルカーに乗って、坂道に向かった。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


沸騰浄水ジャーポット NC-SU302

2009/04/23 02:28


 さっそく、レビューをしてみたいと思う。なお、今回の記事は画像が多いので重たくなるかもしれないけど、ご容赦いただきたい。




 まずは上2枚で全体像。3リットルのものを買ったので、これまでのものに比べると巨大に感じる。大きいとかではなく巨大。タワーかと勘違いする。メーカーによる寸法(幅×奥行×高さ)、重量は24.7×34.5×29.0cm、3.2Kg。『とく子さん』では23.6×30.1×30.7cm、3.6kg、『優湯生』では22.5×31×29.5cm、3.2Kg。高さは低いが、奥行きがある。
 1枚目の写真は広角で撮ったものなので、奥行きが誇張されている所もあるが、第一印象には忠実かもしれない。2枚目は象印のZUTTOシリーズの炊飯器と並んだところ。大きさの比較になるか分からないけど、3リットルはやっぱり大きいな、というのが感想。
 質感は普通のポットらしく、ずっしりした重量を軽いプラスチックが囲む、とらえどころのない感覚。プラスチックの手触りから想像される重さが、ポット内部の重さとうまく結びつかない。鉄10kgと綿10kgだったらどっちが重い? という問いに翻弄される感じに似ている。
 表面に凹凸はほとんどなく、カラーリングも白と薄いグレーのすっきりとした配色。キッチンでの存在感は、その大きさに反して薄く、デザイン性がありながらも主張の少ない外観。今回このポットを選んだのは、この部分が一番大きい。




 液晶ディスプレイはこんな感じ。オレンジの背景に黒の表示。唯一色彩の配置されているのがここ。
 写真にするとガラスの反射で角度によってはかすんで見えるけど、実際はそれほどでもないし、ポットに近づく時はたいてい正面から近づくので、見にくくなることはない。「私、右斜めからの角度が一番写真写りがいいの」みたいな注文もされないので、問題はないと思う。
 ロック解除ボタンを押して給湯するが、押す強さと時間によって給湯量が4段階変わる。強く長く押せば、お湯はいっぱい注がれる。




 コードレスの時の液晶ディスプレイはこんな感じ。魔法瓶保温に切り替わるので、というか切り替わるというよりも単純に電気が切れると魔法瓶部分しか残らないということだと思うのだけど、温度設定などが効かなくなる。エアー給湯を可能にするための充電池は入っているので、お湯の温度を表示したりすることくらいはできる。電池残量の表示がその充電池の表示。
 エアー給湯時もロック解除ボタンを押して、給湯ボタンで給湯。給湯量は一番弱いものと二番目のものだけに制限されるよう。節電なのだろう。省エネ大賞であることの自恃を持っているのかもしれない。




 上面後部にはお湯の吹き出し口。光を映す滴が艶やかさを演出している。注意書きのシールはなくても良いと思うけど、家電メーカーとしてはそうも言えないのだろう。




 注ぎ口部分はシルバーの塗装に白い縁取り。新しいからでもあるだろうけど、お湯切れはもちろん問題ない。昔注ぎ口が下まで降りてくるタイプのポットがあったけど、いつの間にか市場からは消えてしまって、多分あまり使われなかったのだろう。その意味では古典的な注ぎ口。色がシルバーであることで、清潔感がある。それは結構重要なこと。




 お湯を注ぐためにロック解除ボタンを押すと、このようにお湯が注がれる辺りがオレンジの光で照らされる。上面の液晶周りもそうだったが、アクセントカラーはこのようにオレンジ。暗闇の中でお湯を注ぐことがあるとすれば、便利かもしれない。そんなことが起きる状況が生活として快適であるかは分からないけど。
 惜しむらくはこのライト、テーブルの位置でお湯と重なる。例えば急須をテーブルにおいて、そこにお湯を注げばライトで照らされた所にお湯が注がれてくる。でも、実際にはお湯を注ぐ時、みんな急須を持ち上げているのではないかと思う。そうでないとお湯が跳ねるからだ。
 そういった使い方ではライトの位置とお湯が注がれる位置がわずかにずれて、残念な気持ちになる。その辺りがナショナルからPanasonicになってどのように変わってくるのか興味があるところ。レンジファインダーカメラで撮った写真がいつもちょっとだけ位置がずれているようなもの、という感覚だけど、多くのデジカメ世代には分からないだろう。




 他のポットでもそうであるように、上蓋ははずれる。ここに黒が使われているのは何かのメッセージかもしれないけれども、宇宙人との交信ができる僕でも、この意味は読み取れなかった。もっと普通のコミュニケーションができる人なら分かるのかもしれない。
 蓋を外すのはそれほど難しいものではない。でも、他のポットに比べてスムーズというわけでもない。一定の角度で抜かないと抜けないので、引っかかる感じはあるが、それはどのポットでもそうだと思う。




 蓋を開ける部分はシルバー塗装のプラスチック。色使いは好きだけど、こうした素材選択の軽さがナショナルからPana(略)。
 「押す」と書かれている所を押して開ける。押してもミサイルは発射されないので安心して良い。異世界の扉が開いたりもしない。中にお湯が入っている時はもくもくと湯気が出てくるけれども、煙ではないので年を取ったりもしない。そもそも普通は煙で年を取らない。
 中の写真を撮るのを忘れたけど、中にはセラミックフィルターが入っている。多分、何か良いものなのだろう。セラミックフィルターの寿命は取り扱い説明書によると1年。交換用のものは希望小売価格で2,100円。高いのか安いのかよく分からない。


 総じて満足。というか、ポットに細かいことを求めてはいないので、お湯を使いたい時にお湯が沸いていて、それ以外の時に無理して温度を上げていなければそれで十分。見た目もすっきりしていて良い。象印のZUTTOシリーズも彼女にもらって僕の家では使っているけど、グレーが濃いので、重量感がある。キッチンの色としてはどちらかなのだろうけど、今回は白で良かった。
 目新しい所は特になく、Panasonicの力の入れよう(あるいは抜きよう)が不安を煽るけど、一度買ってしまえばその後の機種のことは関係がないし、消耗品が製造中止になる頃にはポットも寿命になっているだろうから、煽られた不安に呑まれる必要もないように思う。
 ポットを探していて、他のはちょっと見た目が、という人はどうぞ。

 どうでも良いけど、ポットってペンギンに似ていますよね。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


続きを見る

トップへ

月別リンク

空想と現実の彼岸/BIGLOBEウェブリブログ
[ ]